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齋藤陽道 写真展『宝箱』オープニングトーク@ワタリウム美術館  2013.11.2                               toppage12

text& phto by YukiOkamoto

和多利

皆さん、お待たせしました。
今日の齋藤陽道くんの『宝箱』のオープニングでは、
手話と筆談を交えて進めていきたいなと思っております。

僕は齋藤さんと知り合って1年が経ちますが、
いつも写真ばっかり見ているので、
生い立ちみたいなことを少し聞きたいなぁと思っています。
その辺を聞いて、なぜ写真を始めたかを聞いて、この展覧会の話をして…
後半は特別ゲストをお招きする、という段取りでやりますので、
よろしくお願いいたします。

ですので齋藤さん。
自分の小さかった頃のこととか、
そういうところのお話を、少しいただければと思います。


齋藤/手話 はい。皆さん、こんばんはー。
齋藤陽道と申します。
今日は筆談と手話の2つを使いながらお話をしていきたいと思っています。
和多利

よし。
まずは…どこ生まれですか?

齋藤/筆談 東京です。1983.9.3。
生まれつき耳が聞こえません。
生い立ち…。
和多利 んー、まぁ簡単でいいですよ。
齋藤/筆談 20歳から写真を始めました。
和多利 何か特別なきっかけがあったんですか?
齋藤/筆談 20歳のときに原付バイクで日本半周したことがあって、
そのときに風景をもうちょっときれいに撮りたいな、
と思ったのがきっかけではあります。
和多利 えー!? 日本半周!?
まじですか…。
どこを回ったのですか?夏秋冬?
齋藤/筆談 夏に、東京から沖縄へと。
和多利 沖縄も行ったの!? へぇ〜。そのときはデジカメですか?
どんなカメラだったの?
齋藤/筆談 "写ルンです" でした。
それから…なんだっけ?
ビックカメラで1番安い一眼フィルムを買いました。
和多利 旅から帰ってきてから現像して風景を見たんだよね?
  齋藤/手話

そうですね。
日本を半周して、旅が終わってからカメラ屋にフィルムを出して、
そして現像してもらって、できた写真を見たんです。
写った風景を見て、
「おー、こんなふうに写っているんだ。おもしろいなぁ」と思いました。
でも、写真を何枚も何枚も…
ものすごい数の写真を見ていても、実際はおもしろくなくて…。
写真というのは、もっと中に入り込んだほうがいいんじゃないか、と…。

僕は聾学校を出たのですが、
同じ学校だった友達が手話をやっている写真を撮ったら、
顔がブレているのがあったんです。
手話って動き回るので。

  和多利 ああ。
  齋藤/手話 で、そのブレた写真を見て、
「これはなんだろう?なんかちがう…。
 僕の知っている手話という言葉を持つ友達が写っていない」
と思ったんです。
写真というのは、なんというか…。
さっきの旅をして風景を写していったものと、
友達が手話をしているのを撮ったもの。
それらの写真がまったくちがっていたんです。
わかりますかね?
  和多利 わかる わかる。
  齋藤/手話 僕が感じたことなんですけれども、
もっと聾らしい、音のない世界を撮っていくには…
もっと奥深く入り込むには覚悟が必要だなと思って、
そこから写真の道に入ったんです。
  和多利 えぇー!?
じゃあ結構いきなり核心のところにいったんだね。
  齋藤/手話 そうですね。
核心というか、なんというか…
  齋藤/筆談 なんだろ…。
写真があまりにも嘘だらけだったから、
もっとしゃんとしたものを撮りたいなと思って…。
  齋藤/手話

生い立ちの話に戻りますが、
僕は保育園、小学校、中学校までは、普通の聞こえる人の学校に通っていたんです。
で、そこで…言葉なんですよ。
言葉の面で、色々と「もういいやー」って絶望してしまうことがあって…。

高校は聾学校に入りました。
そして手話に出会って、そのときに初めて普通の言葉が…
「おはよう」「こんにちは」「バイバイ」「さよなら」「またね」とか、
そういう普通の言葉の会話がわかるようになって、とても嬉しかった。

普通のことが普通にできるという喜び。
それが僕の今までの人生の中の、最高の感動だと思っています。

  齋藤/手話 そしてその感動が、僕の写真の中の基礎となっています。
普通のことが普通にできるということが。
  和多利 写真を撮ることが…
写真が嘘だったっていうのはどういう…?
"信じたい" という気持ちが僕にあるんだと思います。
嘘だけど、信じたい。
写真は表面的なものだけではなく…
「あぁ、撮れたらいいや」という気持ちではなくて、
もう心が動かなかったと言いますか…。
「写真はもっとおもしろいはずだ」と僕は思っていて、
いろんなところに写真を見に行きました。
そうしたらやっぱり表面なものだけではなくて、
奥深いものがあった。
それが僕のほうに感動として戻ってくることがありました。
荒木経惟さんに初めてお会いしたときにはショックを受けて…
それがきっかけで、
「やっぱり表面的なものではないんだ。奥深いものなんだ。
 そしてそこに何かがある。そういうのを持っている人なんだ」
と、荒木さんのことを感じました。
それで「その道に行きたい!」と思ったのが、きっかけといえばきっかけです。
  和多利 それがまだ20歳の頃?
  齋藤/筆談 そうですね。20歳ぐらいですね。
  和多利 ちょうど10年前だから…
2000年ぐらいの頃だね。
  齋藤/筆談 はい。
それまで僕は補聴器を使っていましたが、
20歳のときに使うのをやめました。
  齋藤/筆談 僕にとって大事なものだった補聴器=音を捨てて、
よりよく見る人にならないとな、と覚悟したのが20歳のときです。
いろいろ重なって、写真に深く入ろうと…写真になろうと思いました。
  和多利 なるほど。
じゃあ…写真家になろうと思って、まずは何を撮ったの?
齋藤/手話 何…、そうですね。
人と出会うことを、まずはちゃんとやろうと思いました。
写真をうまくやろうとは思いませんでした。
和多利 写真を人に見せようとしたのは、いつぐらいのとき?
齋藤/筆談 写真新世紀に出した『同類』というブックが最初です。
和多利 そっか。それで写真新世紀なんだね。
あれ…?
たしか "タイヤ" で写真新世紀の賞をとったんだよね?
タイヤのシリーズはいつですか?
  齋藤/筆談 『同類』より1年前です。
タイヤは気晴らしに作りました。
  和多利 うなんだ。笑
  齋藤/手話 僕は丸というモチーフが好きなんです。
だから丸ということをテーマにして、そこから始まったんだなと思います。
  和多利 なるほど。タイヤの丸ねぇ。
  齋藤/筆談 タイヤ、かっこいいですよね。
丸くてけなげ…。ホロッときます。
  和多利 齋藤さんのタイヤシリーズのファンって結構いるよね。
    ふしぎ!
  和多利 飯沢さんや坂口くんとか。
「大好きだ!」って僕に言ってたよ。
で、そ後は…
写真新世紀で『同類』を作ってから『感動』が出たんだよね?
 
齋藤/手話 はい。
和多利 『同類』から『感動』っていうふうにタイトルを変えたのはなぜ?
同じシリーズの写真なんでしょう?
齋藤/手話 そうですねぇ。うーん…。
『同類』のときは、なんていうか…
齋藤/筆談 『同類』のときは、ちょっと客観的に…
他人事のように、理想を言ったり考えたりしていました。
でも人ごとのように言うんじゃなくて、もっと徹底した個人の源を…
人間としても、写真としても、
"それがなければ何も始まらない" という何かを知りたいと考えました。

言葉や数字でいうのもためらいますが、
やっぱり3.11以降、その想いは強くなっていって…。
それを考えていた中で、
ポロッと落ちてきたように浮かんだタイトルが "感動" でした。

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