鴨治晃次展

チェン・フェイ展 父と子

EXHIBITION

展示内容

チェン・フェイ(陳飛 CHEN Fei)は、1983年中国山西省生まれ。現在、北京を拠点に活動しています。本展では、2022年から2025年にかけチェン・フェイが描いた新作絵画15点に加え、高さ7mの壁画、インスタレーション、ドキュメントなどが、ユニークでサイトスペシフィックにキュレートされた空間の中で展示されます。
本展の出発点は、ナチス時代に深く影響を受けたドイツの著名な漫画家、E.O.プラウエン(1903-1944)が制作した名作『Vater und Sohn(父と子)』を参照しています。この漫画は、父と息子の関係を描いているだけでなく、家族、仲間、愛という貴重で示唆に富む意味を、非常に特異な社会的設定の中で探求しています。
E.O.プラウエンの物語と共鳴するように、チェン・フェイは本展で自伝的なアプローチを用い、親しい知人との関係を描き、中国人画家としてのアイデンティティについての物語を織り交ぜています。作品は、夫と妻、父と子の家族関係や、同僚や友人の社会的な力関係を掘り下げ、画家自身の芸術家としての職業的イメージについての思索も含んでいます。






昔から絵を言葉で説明するのがすごく苦手で。いつも思うんですが、絵ってそれ自体がひとつの言語みたいなもので、画材とか筆のタッチ、色、構図、状況、そしてコンセプトを通して、平面上に可視化されたドラマを生み出すものであり、その入り口は人それぞれ異なるものです。自分の作品を作る動機も、わりとその時々の自分の状態に左右され、漠然とするときもあれば、深く考え、慎重に構成されたときもあります。そのため、自分の作品を説明するのは決して簡単なことではありません。全体として、本展に出品する作品は自然に出てきたものに近い感じです。

きっかけはコロナの時期で、そこから今に至るまで描いてきました。私たちが生きている世界は、どこかしら不寛容と感じて、その思いが私の作品における「逆戻り」を起こしたのかもしれません。全体が混乱している中で、個人の力はあまりにも小さく見えます。現実主義の画家として、時代への関心を絵画に取り込もうとする自分にとって、それは大きな混乱と無力感をもたらしました。そうした中で、現実に関わるモチーフを扱うことすら、空々しく感じられたのです。

幸いなことに、その間に私は父親になりました。生活の重心が変わり、多くの時間とエネルギーが自然と子どもの成長に目が向くようになりました。その経験が、私を「家」というものに対する不安や執着から解放し、命のこと、生活そのものへの信頼を取り戻せた感じがしました。
そんな中で思い出したのが、私がかつて読んだドイツの漫画家E.O.プラウエンの作品、『Vater und Sohn(父と子)』です。
私にとって、父と子の日常の出来事をユーモラスに描いたもので、セリフが一切なく、時代背景も排除され、血のつながりの中にある素朴で真実味のある感情がしっかり伝わってくる作品でした。

プラウエンの時代と私の時代は大きく異なりますが、彼の作品にはどこか自分が重なるように感じます。現代社会に対する漠然とした不安感は常に私の心を覆い、今日の私たちの選択がどのような未来を導くのか、そしてその未来において私たちはどこへ向かうのか。大きな時代の流れの中で、答えを知ることができず、ただ流されるばかりです。かつて、絵画は私にとって一つの避難所でした。私はアートが無限だと思い、自由な想像の中で、自分なりの宇宙をつくりました。
巨大で精緻で、無秩序な自由の力が交錯して生まれるものでしたが、その自由さも現実のルールに押し込まれて、そして私たちが生きている世界にますます近づきつつあります。想像が時空を構築する力は疲弊し、本来の活力を失い、現実はますます不条理になり、トンネルとなって私たちを飲み込みます。このシリーズの作品は、ある意味で「自分を救う」ようなものです。大きくて不確かな外の世界から、生命そのものへと引き戻し、より狭く、生活の源に近い場所へ戻る感じです。そこで私は、再び表現力を取り戻せました。この制作の段階に「相応しい」タイトルをつけようと思いましたが、結局は、ただ理由もなく自分の娘を描きたいというシンプルな理由に行きつきました。彼女への感情を描写したかった、彼女との会話を記録したかったというだけでした。彼女への想いを描きたくて、彼女との会話を残しておきたくて。
たぶん、彼女のすべてが、今の自分にとっての「新しいリアル」なんだと思います。

チェン・フェイ






10年来の友達であるチェン・フェイ。僕たちは国も世代も作品のタイプも違うけど、絵を通して世界に接続したいと思ってる、同じ種類のペインターだ。お互い言葉でコミュニケーション出来ないが、会うとなんか嬉しい。父となった彼が世界をどう見てるのか? 新作の個展を東京で見れるのはホントに楽しみです!

加藤泉(アーティスト)


WORKS

作品

  • チェン・フェイ展_作品

    PDF 2025年 リネンにアクリル 120x100cm

  • チェン・フェイ展_作品

    漫画家の出張 2024年 リネンにアクリル 290x220cm

  • チェン・フェイ展_作品

    ラブレター、2024年 リネンにアクリル 290x220cm

  • チェン・フェイ展_作品

    超自然、2022年 リネンにアクリル、金箔 120x100cm

  • チェン・フェイ展_作品

    「父と子」ドキュメントより

  • まずは《ラブレター》という作品からお話しさせてください。
    私の娘は早産で⽣まれ、体重は1⽄(500グラム)にも満たないほどでした。案の定、幼少期から体が弱く、成⻑過程も⾮常に⼤変で、毎⽇⼦どもの排便を確認することが、⽗親としての私の⽇課となっていました。漢⽅でも⻄洋医学でも、⾚ちゃんの便の状態は⾮常に重要な基準であり、毎⽇⽋かさず写真に収めていました。
    時が経ち、娘も成⻑し、健康な⾝体を持つようになった今では、そんな記憶もすっかり忘れていたのですが、ある⽇、携帯電話の中の画像を探していたときにふと気づいたのです。数年前の私のスマートフォンには、他の写真がほとんどなく、サムネイルには様々な便の写真ばかりが並んでいました。
    それらを⾒たとき、私はただただ感慨深くなりました。それらは、まるで⽂字のように⾒え、まだ⾔葉を話せなかった頃の娘が、「パパ、今⽇は調⼦が良かったからきれいな形だったよ!」とか「パパ、今⽇は体調が悪かったから暗い⾊なんだ」と語りかけてくるように感じたのです。決して嫌悪感はなく、⼤量の写真はまるで⼀篇の⻑詩のように思えました。
    もちろん、これは私⾃⾝の⽗親としてのフィルターを通して⾒た感情であり、他の⼈の⼼を打つかどうかはわかりません。でも私はどうしてもこれを作品として表現したかったのです。とはいえ私はアーティストであり、便そのものを写実的に描くわけにはいきません。そこで思い出したのが新古典主義であり、ウィリアム・モリスの装飾的な⼿法でした。私はそれを壁紙のように装飾的に再配置し、平⾯化に処理し、もっとも適切な形にできたと感じています。さらに、画⾯を貫く光が、形式美に満ちた絵に空気を吹き込み、⽣命を与えてくれました。この作品は極めて私的なものですが、時に私は考えるのです-
    画家になったということ⾃体が、⾃分⾃⾝を喜ばせるためだったのではないかと。
    チェン・フェイ(作品についてのコンセプトテキストより抜粋)

PROFILE

プロフィール

鴨治晃次_ポートレート

「父と子」ドキュメントより

チェン・フェイ
陳飛 CHEN Fei

1983年山西省生まれ。北京電影学院卒業後、北京を拠点に活動している。政治的なグランドナラティブが崩壊した後の時代を背景として、日常生活に散在する時間の断片を発見し、捉え、再構成することに長けた画家である。一方では、中国の近代化の歴史的過程における現実主義絵画の積極性を弁証的に継承し、「経験主義的」な時間の中で人間のありようを描くことに転じている。物語的な肖像画であれ、特定な文脈の中における静物画であれ、彼の作品に現れる日常生活の片鱗は、過去の歴史的幻想と具体的現実の重なり合う影とともにちらつく。その一方で、彼はまた時間性をもつ編集方法により、生活様式と物語の情景を描写し、再編成を繰り返している。彼自身のイメージが数多くの肖像画の中で刻々と変化しているように、一見パラレルな時空に存在する個々の物語は、異なる尺度で運命の重みを再分配している。出来事と出来事の間のオルタナティブなつながりを通じて、私たち全員に共有される現在の時間を発見することができる。

上海余德耀美術館、日本の下山芸術の森発電所美術館、北京今日美術館、ニューヨーク、パリ、香港のペロタン、北京、ルツェルンのギャラリー・ウルス・マイレなどで個展を開催。2012年にマルティーニ「未来の芸術英才に/賞」、2007年に中国新鋭絵画賞を受賞。

過去の展覧会