没後20年 ナムジュン・パイク|じゅげむ展

没後20年 ナムジュン・パイク|じゅげむ展

EXHIBITION

展示内容

何よりも重要なのは、コミュニケーションだ。
― ナムジュン・パイク

『美術手帖』1984年8月号より

アーティストの仕事は未来について考えること。ところが今、未来図を描くというのがなかなかむずかしい。
― ナムジュン・パイク

訳・高島平吾/ニューヨーク近代美術館での「ビデオ・ヴューポインツ」の一環として行われた公演にもとづき、同館のビデオ・キュレイター、Barbara London がまとめ『ARTFORUM』1980年9月号に発表より

ロボットは仕事を減らすためにつくられたというけど、ぼくのロボットは仕事を増やすためにある。
― ナムジュン・パイク

Sharp, Willoughby. "Artificial Metabolism". Spring / Summer 1982年より






寿限無、寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の、水行末・雲来末・風来末、食う寝るところに住むところ、やぶら小路のぶら小路、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの、長久命の長助

———— 落語の前座噺・寿限無は、子どもの長生きを願ってとにかく長い名前をつけた笑い話。
1963年、ナムジュン・パイク(1932-2006)が西ドイツにてメディアアートを発表してから半世紀以上の時が経った。当時の西ドイツはまだモノクロ1チャンネルのテレビ放送しかない時代。パイクは今日におけるメディアアートの基礎を創った。
ブラウン管から液晶、スマートフォン、AIと進化を続けている。それでもパイクの作品は色褪せない。むしろ時代が進むにつれ、パイクの斬新さは際立つ。ブラウン管もキャンヴァスも、絵の具も全て等しく自分を表現するための手段なのだ。
日々変化し、使われなくなっていく媒体たち。媒体とともにメディアアートは忘れ去られていくのだろうか。
———— 作品は生まれた瞬間から時が止まるものではなく、時代を超越し、常に変化し続ける。パイクの作品たちも、寿限無のように長く、長く生き続けていく。没後20年となるこの夏、アーティスト、文人、哲学者、予言者、多角的な面でパイクを見つめ直す。

WORKS

作品

PROFILE

プロフィール

ナムジュン・パイク_ポートレート

「ケージの森/森の啓示」の前に立つナムジュン・パイク 1993年 撮影:坂田栄一郎

ナムジュン・パイク
Nam June Paik
白南準

1932年 7月20日ソウル生まれ。日本で美学を、ドイツで音楽を学んだ後、61年にフルクサスの活動に加わります。63年より、TVやビデオなどのメディアを初めてアートに取り入れた「メディアアート」を創始し、テクノロジーと東洋の思想を融合させ、テレビと人間、テクノロジーと自然を対立させるのではなく、融合させるような作品を制作しました。78年、ワタリウム美術館の前身、ギャルリー・ワタリでの初個展『ジョン・ケージに捧げる』を開催、以降、数々の展覧会をギャルリー・ワタリにて開催。93年には、東西統一後初となったドイツパビリオンを代表し、第45回ヴェネチア・ビエンナーレにて金獅子賞を受賞、同年、ワタリウム美術館で新作個展『パイク地球論』開催しました。2006年 1月29日マイアミの自宅にて逝去。

EVENT

関連イベント

過去の展覧会